5か所目のお住まいで中高生活を送ったあと、
都会での生活に移りました。
看護学校の寮生活が始まったのです。
※今はほとんど使用しなナースキャップ世代
ここの生活はドラマよりもドラマチック。
信じてもらえないこと多数あり。((+_+))
おそらく、子時代のことも今後入れて
いくことになるでしょう。。
寮生活で一緒だったクラスメイトは北は北海道。
南は九州から、全国各地からの同級生でした。
関東の学校なのに、九州出身が8割という
不思議な学校でした。
それも、鹿児島県と宮崎県出身で
さらに8割超えるという珍しい珍しい
学校だったんですよ。
なので、言葉はそんなに困らなかった
し、学校からも同じ看護学校に7人も
入学しましたから、心細くもなかった
ですね。
ただ、ほかにも珍しいことがありすぎて何から
入れたら良いかわからない。。
Contents
都会の寮生活でびっくりした食のこと
そう、食事は驚くことが多かったです
ね~。。((+_+))
まず、しょうゆが辛かった。。( ゚Д゚)
あまい醤油になれていたので、しょうゆは
嫌でしたね~。。(´・ω・`)
そして、うどんやそばつゆが真っ黒で
これまたびっくり!!
西の出身ですから、薄口しょうゆで透き
通っていたのです。
今はどっちも好きだけどこのころは
やはり慣れなかったですね。。。
都会生活でおどろいた交通のこと
あとは、交通機関。
電車に乗ることがなかったので、
急行、準急、各停の意味、最初は
知らなかったし、あの並び方もみんな
まだ来ていない次の電車のために並ぶ
姿は驚きでしかなかったですよ。。( ゚Д゚)
都会で知った多様な価値観の人たち
そういう都会ならでは、関東ならではの
違いと、学校&寮の独自のスタイルやルームメイト
たちのオリジナル性での違い、が混在していた
3年間でした。
ここでさらに、人の心の多様性を感じると
ともに、自分自身がどんどん変化していること
を実感していました。
そういえば人生で一番のモテ期はここだった
かもしれません。(笑)
ところ変われば、、と思います。
なぜ、中高時代は目立たない冴えない
ただの女子学生だったのに、、、
都会だから??ナゾです。(‘_’)